ROM専から発信する側に回って変わったこと

※この記事にはアフィリエイトリンクを含みます。

結論:発信すると、読む深さが変わる

ROM専だったころは、記事を『役に立つかどうか』で読んでいました。

でも、自分でブログを書き始めてから変わりました。

今は『この人はどこで引っかかったんだろう』『この言葉は体験から出ているのかな』と考えながら読むようになりました。

発信する側に回ると、情報の受け取り方が変わります。

ただ読むだけでは見えなかったものが、少しずつ見えるようになります。

次に読む
発信してみて見えた変化の次は、『そもそもなぜ書くのか』です。
本を読めばいいのに、それでもブログを書く理由を言葉にしました。
本を読めばいいのに、なぜブログを書くのかを読む →

そもそも、ずっと読む専門でした

前はずっと、読む側でした。

Qiitaも、noteも、個人ブログも読みます。

気になる記事を開いて、役に立ちそうなら保存して、あとで見返す。

いわゆるROM専です。

別にそれで困ってはいませんでした。

むしろ、発信するより読む方が効率がいいと思っていました。

わざわざ自分で書かなくても、うまい人の記事を読めばいい。

必要な知識は、すでに誰かが整理してくれている。

当時はかなり本気でそう思っていました。

書いてみたら、思っていたより難しかった

でも実際に書き始めると、見る景色が変わりました。

まず思ったのは、『読むのと書くのは全然ちがう』ということです。

読むときは、流れに沿って理解できます。

でも書くとなると、順番を決めないといけない。

何を先に言うか、どこを削るか、どこはあえて残すかを考えないと、文章になりません。

つまり、読むときは受け取るだけでよかったものが、

書くときは自分の中で一回整理しないと出てこないんです。

ここで初めて、

「記事って、ただ思ったことを並べればできるわけじゃないんだな」

とわかりました。

いちばん変わったのは、他人の記事の読み方でした

いちばん大きく変わったのはここです。

前は、記事を読むときに

「役に立つか」

をかなり重く見ていました。

もちろん今もそれは大事です。

でも、それだけでは読まなくなりました。

今はむしろ、

「この人はどこで止まったんだろう」

「何が引っかかって、この記事を書いたんだろう」

「この言い回しは、実際に悩んだ人の言葉かな」

みたいなところを読むようになりました。

情報ではなく、『考えた跡』を見る感じです。

これは、自分で書いてみないと、たぶん気づきませんでした。

上手い記事より、引っかかりが見える記事が残る

書き始めてから気づいたのは、上手い記事が必ずしも残るわけではないことでした。

もちろん、読みやすさは大事です。

でも、整いすぎていて何も引っかからない文章は、意外と頭に残りません。

逆に、少し不器用でも

「この人、本当にここで悩んだんだな」

と伝わる記事は残ります。

たぶん読者は、正解だけを読みたいわけではないんです。

『その人がどう迷って、どう考えて、どう言葉にしたか』も読んでいます。

ROM専だったころは、そこをあまり見ていませんでした。

でも発信し始めてから、そこがすごく気になるようになりました。

考え直す
「考え直す」と決めたら、問いを1つ挟む
・自分は今、情報だけを読んでいるのか、それともその人の考えた跡を読んでいるのか

発信は、知識を増やすより『解像度』を上げる

発信すると何が変わるのか。

知識が急に増える、というより、物事の見え方が細かくなります。

同じ記事を読んでも、

「なるほど」で終わらず、

「この言葉は体験がないと出にくいな」

「ここはたぶん、かなり削ったな」

「この導入は、読者の違和感を拾いにいってるな」

みたいに読むようになります。

要は、インプットの解像度が上がるんです。

ただ受け取るだけのときより、

一段深いところで読むようになる。

これが、発信してよかった変化でした。

発信してわかったのは、うまく書くことより外に出すことの価値

書き始める前は、うまく書ける人が発信するものだと思っていました。

でも今は逆です。

うまく書けるかどうかより、外に出すこと自体に意味があると感じています。

なぜなら、外に出さないと、自分が何を考えていたのかも曖昧なままだからです。

頭の中だけだと、なんとなくわかった気になります。

でも書くと、雑な理解や曖昧な部分がそのまま出ます。

それは少ししんどいです。

ただ、そのしんどさがあるからこそ、考えが前に進みます。

ROM専だったころの自分は、たぶんここが見えていませんでした。

今日やること

・最近読んだ記事を1本だけ選びます
・「役に立った」ではなく「どこで引っかかったか」を1行で書きます
・その引っかかりを、自分の言葉で3行だけ外に出してみます

まとめ:読む側にいたままでは見えないものがある

ROM専から発信する側に回って変わったのは、

単に記事を書くようになったことではありません。

読む深さが変わりました。

言葉の重さの見え方が変わりました。

そして、誰かの文章の奥にある『迷い』や『体験』を前より拾えるようになりました。

たぶん発信は、目立つためのものではありません。

自分の考えを外に出して、読む力まで変えていく行為なんだと思います。

だから今は、読むだけだった頃より、

他の人の記事をずっと面白く読めています。

次に読む
発信してみて見えた変化の次は、『そもそもなぜ書くのか』です。
本を読めばいいのに、それでもブログを書く理由を言葉にしました。
本を読めばいいのに、なぜブログを書くのかを読む →
おすすめの記事