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ブログの予約投稿カレンダーに空白があると、人は思った以上に落ち着かなくなります。
で、問題はそこからです。空白を埋めることが目的になると、本来書きたかったことよりも
『とにかく出すこと』が優先されます。
だから必要なのは、空白をなくすことではありません。
空白に少し慣れて、自分の時間と、自分が本当に書きたいことを守ることです。
Contents
空白を見ると、そわそわしてしまう
ブログの記事を予約投稿するとき、カレンダーに空白があるとそわそわします。
ぽつんと空いた日があるだけで、「埋めなきゃ」と気持ちが前に出ます。
本当は書きたいことがあって始めたはずでした。
でも、空白を見た瞬間に、その目的がずれます。
空いている日を埋めるために記事を書く。
急いで作るから、内容はどうしても甘くなる。
それでも公開はできるので、その場では少し安心します。
ただ、その安心は長く続きません。
今度は「毎日投稿しないと意味がない」「止まったら終わりだ」みたいな、自分に都合の悪い情報ばかり
拾い始めます。
その結果、書くことが苦しくなる。
あれ、自分って本来何を書きたかったんだっけ。
そうやって、だんだん筆を置きたくなります。

焦っていたのは、空白そのものではなかった
ある日、『社会は静かに呪う』を読んだときに、かなり刺さりました。
ああ、これってこのことだな、と。
自分がしんどかったのは、空白そのものではありませんでした。
空白を見たときに、「埋めないとだめ」「止めたら負け」「続けないと価値がない」と思わされる感覚の
ほうでした。
つまり、予定表の余白に反応していたようで、実際には不安に反応していたんですよね。
空白が悪いのではなく、空白を悪いものだと扱う頭の動きに引っ張られていたわけです。
これが分かると、少しだけ見え方が変わります。
埋めたいのはカレンダーではなく、不安だったんだなと整理できるようになります。
空白を埋めたくなるときの『あるある』は4つある
1つ目は、『空いている日があるだけで落ち着かない』です。
まだ何も問題は起きていないのに、空いているだけで負けているような気分になります。
2つ目は、『質より公開が優先になる』です。
本来は読んだ人の役に立つか、自分が納得できるかが大事なのに、とりあえず埋めるための
記事になっていきます。
3つ目は、『都合の悪い情報ばかり拾う』です。
毎日投稿、継続、止まるな、みたいな強い言葉だけが頭に入ってきて、自分をさらに追い込みます。
4つ目は、『続けるほど苦痛になる』です。
書いているのに満たされない。出しているのに楽しくない。で、最後は「やめたい」に近づきます。
要は、最初は小さなそわそわでも、放っておくと『目的のすり替わり』まで進むんです。
・今埋めたいのは投稿枠ですか、それとも不安ですか
空白に慣れるために、今日やることは1つだけでいい
ここでやることは増やさない方がいいです。
今日やることは1つだけにします。
『予約投稿の空白を見ても、その場で埋めない』
これだけです。
記事ネタが浮かんでも、すぐに公開枠を埋めにいかない。
まずはメモだけ残して、今日は本当に出したい内容なのかを1回寝かせます。
この一手の良いところは、空白を放置する練習になることです。
空白があるままでも大丈夫だと分かると、書く理由が『焦り』から『必要』に戻ってきます。
つまり、『空白を埋めるために書く』から『書きたいから書く』へ戻すための練習です。
参考:今回は本だけで十分でした
→紙(楽天ブックス)『社会は静かに呪う』
今回は、何か新しい運用論を足すより、この本で刺さった感覚だけで十分でした。
空白に耐えられないのは意志が弱いからではなく、静かに焦らされているからかもしれない。
そう思えるだけで、かなり楽になります。
次に読む前に、空白を悪者にしないでおきたい
空白があると不安になります。
でも、それはすぐに埋めないといけない合図とは限りません。
むしろ、空白があるからこそ、立ち止まれます。
自分が何を書きたいのか、何を今は書かないのかを考え直せます。
埋める前に一度止まる。
この小さい間があるだけで、発信の苦しさはかなり変わります。
空白に慣えると、自分の時間に彩りが戻る
人間は空白を埋めたくなる生き物です。
だから、空白を見るとそわそわするのは、ある意味ふつうです。
ただ、そこで毎回埋めにいくと、自分の時間はどんどん他人の言葉や不安に食われます。
そして、書くことまで苦しくなります。
空白に少し慣れる。
すぐ埋めない。
それだけで、自分の時間が戻ってきます。
要は、余白はサボりではないんです。
人生に彩りを戻すための、必要な場所なんですよね。
